Homeレポート【070624】「平和と繁栄の回廊」「BDSキャンペーン」に関する小学習会

【070624】「平和と繁栄の回廊」「BDSキャンペーン」に関する小学習会

 ミーダーン運営委員会では6月24日、今後の活動を考えるうえでの核となるだろう2つのテーマについて、ささやかながら学習会を持った。参加者は10名。

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 最初のテーマは、日本政府が提唱している「平和と繁栄の回廊」を巡る問題について。報告は早尾貴紀さん(パレスチナ・オリーブ)。
 報告はまず、 パレスチナ・オリーブ発行のニュース『ぜいとぅーん』最新号の記事「日本政府の『平和と繁栄の回廊』構想は『パレスチナ支援』のなのか」を参照しながら、05年の小泉純一郎首相(当時)のイスラエル/パレスチナ訪問の際に電撃的に提唱されたものであること、実施予定地域がヨルダン川西岸地区のなかでも平地が広がり、大規模プランテーション(入植地)が偏在する地域であると同時に、オスロ合意の下ではイスラエルが引き続き行政も治安も支配するとされた「C地域」に重なることなど、構想の基本的な情報を再確認するところから始めた。日本政府の構想が、イスラエルの占領を追認し、その固定化という不法状態を追認・加速するものだという、基本的な状況はこの問題を議論するうえでの出発点だろう。
 そのうえで、報告はまずこの問題についてこの間交わされてきた議論について紹介。この問題への批判の視点として、「方針決定の手続き、および予算出所の不透明さ」「イスラエル・アメリカの中東広域圏での経済構想との親和性」という2つの柱にそって、報告が進められた。前者に関しては、その活動をコントロールする法的枠組がなく、ODA大綱という曖昧なもののみが唯一その代替物としてあるという構造のもとで、JICAが大きくイニシアティブをとる形で「平和と繁栄の回廊」構想が進行されているということの、経緯の不自然さ・不明瞭さがまず挙げられ、その上で政府関連金融機関の統廃合がこのJICAの財政的なフリーハンドを拡大するような傾向で進められているという背景のなかで、あらためて「政治化」するODAの一例として回廊問題を捉えておくことに必要が語られた。また後者に関しては、同構想がイスラエルのペレスセンターが以前に提唱し、いまや国家プロジェクトとして採用されている、ヨルダン渓谷大規模計画の一端を担うものとも言うべき位置にあること、さらにイラク・サウジ・トルコとも繋がるパイプラインや、それを軸とした物流計画・経済圏構想を補完する性格を帯びたものとしてあることなどについて振り返りながら、このイスラエルの主導する経済圏の再編構想の「一部門のドナー国」として「平和と繁栄の回廊」構想が位置付いてしまっていることの危険性が指摘された。
 さらに報告は、パレスチナ問題について発言して来た人の間での、構想への評価の開きや、マスコミや諸層の関係者の見方を紹介しながら、パレスチナ人の間での「好評・不評」を軸として構想の是非を判断するという視点の危険性や、パレスチナに具体的に関わってきたことのない人脈のなかで、この構想をひとつの軸として「中東支援」が取り沙汰されていることの危うさ(参照:日本経済新聞「人脈追跡/中東支援 産官学スクラム/歴訪団続々、問われる真価」2007年4月23日)などを紹介した。

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 早尾さんの報告に関して、若干の質問を受けつけたのち、2つのテーマであるパレスチナの諸団体から提起され、この間各国のパレスチナ連帯運動のなかで取り組みが開始されている「BDSキャンペーン」に関して、田浪亜央江さん(ミーダーン運営委員会)からの報告に移った。
 報告はまず、前の報告についてふれながら、今「占領のあり方を問わない」援助が現在進行するなかで、こうした構想のようなものこそを批判していく作業としても、日本に住む私たちとしてのBDSが構想しうるのではないか、という指摘から始められた。そのうえで、このB(boycott=消費者である一人ひとりの選択としてのイスラエル産品のボイコット)、D(divestment=企業・組織・法人に対する、投資の引き上げ要請)、S(sanction=国家・国際組織を単位とした非暴力的制裁)という3段階の圧力について、その定義的な部分を解説しつつ、具体的な部分部分を検証していった。私たちが「制裁」という言葉に触れる時に、やはり現下日本政府によって進められている、朝鮮民主主義人民共和国への制裁を想起せざるを得ないだろう。この事例を踏まえる時に、政府への働きかけと民衆への影響力を区別しないことの問題は、やはり手段の正当性を検討するうえでの一つの視点となるだろう。こうした疑問を解決していくことも、今回の学習会の目的のひとつである。
 イスラエルに対するボイコットは、歴史的に新しいことではなく、アラブ連盟が組織した「イスラエル・ボイコット委員会」による発動(1946年〜)がある。イスラエルの企業のみならず、イスラエルと取引する外国企業へのボイコットを含めたそれは、歴史的にすくらからぬ影響を与えてきたが、エジプトとイスラエルの和平に基づくエジプトのボイコット離脱(1979年)を境に、オスロ合意(1993年)、イスラエルのWTO加盟などの段階を経て、弱体化の途を辿ってきたという状況が今回のキャンペーンが開始された背景にはある。また、世界の政治経済のグローバル化はイスラエルを取り巻く経済状況も変化させており、そうしたなかでの新たなボイコット運動として、BDSキャンペーンは捉えられるべきだ、ということがまず背景として整理された。
 その上で、これ以降の報告は、さる6月10日にこのBDSキャンペーンへの取り組みもその活動の柱として構想し、結成された「パレスチナの平和のための関西連絡会」が発行したパンフレット『イスラエルに対する制裁およびボイコットについて』(シル・ヘバル著・頒価200円)に沿って進められた。

 同書はまず、冒頭の「経済制裁の背景」の項においては、現在、昨年のレバノン戦争を経てもなお好況の言われるイスラエル経済が、実は対外貿易に大きく依存するものであり、ここへの歯止めを促すことの効果と、制裁自体の非暴力的性格が、このキャンペーンの根幹にあるとされていることが紹介している。そしてまた、過去に行われた制裁への評価に触れ、制裁という手段が例えばイラクの例に見られるように、統治の民衆の視点からすれば常に良いものとして機能してきたものではない点が踏まえられるべきものであることを指摘し、また直接的にはその行為から利益を得にくくさせるということ、政治的にはその行為に対する説明・弁明の必要を生じさせること、という2点にその効果を腑分けし、それが国内における抵抗運動を力づけるという相乗効果も合わせて、このキャンペーンのダイナミズムを整理している。
 そして続く「ボイコットの呼びかけ」「イスラエルの強さ」については、冷戦体制下での南アに対するボイコットを筆頭にした、これまでのボイコットの流れに沿って、イスラエルに対するボイコットの事例を紹介し、またイスラエル中央銀行の貯蓄の増大などの余剰外貨の獲得、兵器産業の進展という内的要因と、アラブ・ボイコットの衰退という3つの要素を立てて、イスラエルの経済的強さを分析している。一方で「イスラエルの脆弱性」では、原料加工中心のイスラエルの産業構造に対する原料流入阻止の効果や、観光産業の重要性、アメリカからの援助の減少、イスラエル内部・パレスチナ人によるボイコット支持の増加、兵器産業におけるパージの動き、EUとの貿易における法律の厳正な摘要の可能性など、逆にボイコット・キャンペーンにとっての可能性の部分について整理している。
 最後にまとめの「制裁の影響と可能性」では、一方で、先にふれたボイコットの負の影響力の分析として、制裁という手段がすべてのイスラエル市民を対象としているという無差別性の問題や、低所得層への影響を検証しつつ、他方で、ボイコットをしない場合の購買活動が持つ、占領への加担という問題、先述の政治的効果としてのイスラエルの「自己検証」への可能性について触れている。
 報告はこれらの構成を順をおって解説しながら、たとえば個人によるボイコットと国や国際機関を単位とした制裁との、意図的ともとれる腑分けの曖昧さや、イスラエル国内の弱者へ影響を考慮するうえで、経済的な立場の強弱と占領に対する政治的な立場のずれに対する分析の弱さなど、本パンフレットの弱さについても指摘しながら、日本のなかでBDSをどう考えるのかということ、個人に立脚したボイコットの日本におけるリアリティの問題、日本の現在進行形の政策としての回廊への疑義をBDSとどうリンクするのか、という私たちの課題の柱を提示して報告を終えた。

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 討論の時間は、まず最初の報告の回廊問題に戻り、「占領の実態をそのままに援助する」ということが当たり前のこととして示される中で、これを乗り越えて届く批判をどう打ちだしていけるのか、しばらく議論を交わした。
 ODA大綱には紛争地はあっても、占領地というカテゴライズはなく、そこにJICA等のフリーハンドを生みだす余地を生じさせている。そうしたなかで、政治としてのODAということが、あらためて前面に出て来つつある。そしてイスラエルによる占領そのものが国際法違反であることへの意識の低さから、援助に対する批判の自明性が見えてきていない。また、それに対応するものとして、昨年の小泉首相の中東訪問時における発言にも見られたような「喧嘩両成敗」的認識が色濃くなってきており、南アフリカのアパルトヘイトを告発する上でのベースにし得た「黒人差別はまずい」という、誰もがわかるようなモラル・パワーが、パレスチナ問題においては生じてこない、という状況の整理は気を重くさせるものだ。
 しかし、それに対して私たちは基本的な事実関係の啓発や、援助が示す世界像への疑義を、地道に積み上げていくしかないのだろう。占領問題に一辺の言及もなく進められる回廊構想が、そのものとして現実に強化されていく占領の肉付けとしてあること。構想によって整備される流通機構を通して、占領の果実もまた円滑に流通されるであろうこと。「高付加価値農業」という未来像が、グローバル化される世界経済からの悪影響にさらに弱く、またイスラエル/シェケルへの併呑を深めたパレスチナ経済を作っていくであろうこと。これらの視座を、反グローバリゼーションの問題を告発し続けている人びととの議論も深めながら、示していきたい。
 BDSについても、先行的な取り組みのエピソードなども聞きながら、議論が交わされた。個人が消費者として接することの多いイスラエル産品となると、柑橘類のスウィーティーなどごく限られ、その他の対日輸出品は光学・医療機器など生活と縁遠い品々となっている。こうした条件下では具体的な活動の話も難しく、また経済的な影響力の行使よりもイスラエルによる自己説明を引きだす契機をつくることに重点が置かれるのだとすれば、単に告発的に「買うな」という訴えを突きつけていくというのはアピールとして分かりにくいのかもしれない。そうなった場合に、たとえば「正しい買物」的な提起もありうるだろうし、観光産業における「国のイメージをよくしたい」という欲求をどう逆手にとっていくかなども、興味深い視点である。その他キャンペーンの展望や原則などの面でも、まだまだ議論の余地は大きい。

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 そんなこんなで2時間半はあっという間に経過、閉会とあいなった。積み残しは多い集まりであったが、運動の構想力を触発されるものに出来たのではないだろうか。
(Ic)

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