Home視点【070210】《分析》ツィピ・リブニの来日を検証する

【070210】《分析》ツィピ・リブニの来日を検証する

 すでにご承知の通り1月17日から18日まで、イスラエルの筆頭副首相兼外務大臣であるツィピ・リブニが来日しておりました。私たち、ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉運営委員会では、この来日がパレスチナ情勢にもたらすものを考え、「【アピール】ツィピ・リブニ・イスラエル筆頭副首相兼外務大臣の来日を問う」を公表し、その是非を問いました。

 そしていま、その来日に対するマスコミ報道や日本政府の分析などが出揃いつつあるなかで、あらためてツィピ・リブニの来日を検証してみたいと思います。

イスラエルの外交攻勢のなかでの来日

 昨秋のレバノンからのイスラエル軍の撤退以降、イスラエルによる積極的な外交の動きが報じられてきています。

 例えば今回のリブニの東アジア歴訪においても、イスラエルは口を極めてイランの核開発の危険と、制裁措置の強化を訴えてきたわけですが、一方でかつての交戦国であるエジプトによる原子力発電所の建設については、「計画は平和利用であり軍事的脅威にはならない」(オルメルト首相)として、容認の意思を示しています(『朝日新聞』〈以下『朝日』〉2006年10月30日)。また、サウジアラビアとの接触という話しや(「イスラエル首相サウジと接触か」『朝日』06年9月26日)、何と言っても衝撃的な話題としてシリアとの秘密交渉さえ浮上してきています(「イスラエルとシリア秘密交渉か・地元紙「和平条約の条件合意」」『日本経済新聞』〈以下『日経』〉07年1月18日)。

 これらイスラエルの外交攻勢の基調をなすものとして、リブニのいう「過激派と穏健派の対立」という中東観があると言えるでしょう。リブニは日本訪問を前にした日本のマスコミによる記者会見でこうも述べています。「中東の穏健派諸国はイランを脅威と見ているのに対し、イスラエルは脅威ではないことを理解している」(『日経』1月11日)。それは現実であるというよりも、リブニの願望であり、それと同時に彼女が今、形作ろうとしているものでもあるでしょう。

 そのようなイスラエル外交の一環として今回の日本訪問がなされたわけですが、イスラエルとしてはこの直前にオルメルト首相による中国訪問があり(1月9日−11日)、またリブニは日本訪問の前に韓国を訪問しています(1月15日−17日)。このことも併せて見てみましょう。

オルメルトの中国訪問と、リブニの韓国訪問

 私たちはリブニの日本訪問に関する情報を集めるなかで、実はオルメルトが中国を訪問するということを知りました。昨年7月の小泉純一郎首相(当時)のイスラエル訪問のなかで、小泉はオルメルト首相の訪日を招請し、イスラエルはこれを受諾しています。とすると、なぜ中国まできたオルメルトが、日本(そして韓国)を訪問しないのか? 奇異にも感じましたし、イスラエルの側での来日の位置付けの低さを、邪推してみたりもしたわけです。

 さて、そのあたりの真相については諮り知ることができなかったのですが、「オルメルト首相は、国連安全保障理事会の5常任理事国を歴訪中で、中国が最後となる」(時事通信〈以下、時事〉、1月9日)ということで、とりあえずイスラエル閣内での役割分担という風に見るのが自然なようです。

 一方で、このオルメルト訪中の最大の課題は、イランの核計画問題に対する中国からの牽制の取り付けにあったようです。「(オルメルト首相は)イスラエルの呼び掛けに対する好意的な反応を、北京ではあまり期待していないという」(時事、1月10日)という見方もあったなかで、結果的には「(会談は)友好的で、期待以上の成果があり勇気づけられた」「中国は、イランの核爆弾保有について明確に反対した」(オルメルト首相の談、AFP、1月11日)という成果を引き出したということです。

 また、通商問題の協議については具体的な報道はなされていませんが、かつて1999年にイスラエルによる中国への空中警戒管制機(AWACS)の技術移転という話しが持ち上がったこともあり(米国の圧力により取りやめ)、あとで述べる日本への「宇宙開発」協力提案と重ねて、イスラエル第一の産業でもある軍需産業方面の交易拡大の方向性も読み込んでおいたほうがいいかも知れません。

 次にリブニの韓国訪問ですが、これについてはイスラエル外務省によるプレスリリース(1月15日)が詳しく、同リリースでは、日本・韓国訪問における議題として、まずパレスチナ人との政治交渉・イランの核脅威・レバノン情勢などを挙げています。

 そしてそのなかで指摘されているように、おそらくイランの核脅威に関してイスラエルが期待したのは、新国連事務総長である潘基文(パン・ギムン)との会見だったのではないでしょうか。しかしながら、なぜかこの潘・リブニ会談というものは報道に上がっておらず、実現しなかったようです。それでもリブニは韓明淑(ハン・ミョンスク)首相・宋旻淳(ソン・ミンスン)外相らとの会見や、記者会見を通して、イランの核脅威を増幅させるファクターとしての北朝鮮とのリンケージの問題を訴えて廻っています。「私たちが最も望まないものは、大量破壊兵器の拡散と、そうした国々の大量破壊兵器に向けた協力である」(AP、1月16日)。つまりリブニは、ここで「私たち」として韓国・日本における北朝鮮の核開発に対する脅威を、自国のイランへの脅威に「リンケージ」させるべく語り続けたというわけです。

 もうひとつ韓国でのリブニの獲得目標は、「LGやサムスンといった韓国の大ハイテク産業のためのイスラエルにおける開発拠点の開設計画」(前出、プレスリリース)という構想の具体化でしょう。なんでも「2006年だけでも、およそ300社のイスラエル企業が韓国との経済取引を行った」ということで、両国間の取引関係が加熱しつつあるという認識がイスラエル側にあるようです。実際の外相会談では、「韓国・イスラエル経済共同委員会や科学技術共同委員会の開催」(聯合通信[韓国]、1月16日)といった形で、議論がなされたようです

 こうした経済面での具体的な記述は日本に関してはなされておらず、この間パレスチナの諸団体が提起しているイスラエル資本に対するボイコット・キャンペーンへの取り組みを構想するうえで、日本に支社を置く韓国企業への働きかけなども念頭においておいたほうがいいかも知れません。

日本訪問─戦略的対話のアップグレードと4月オルメルト来日

 さて、そろそろ本題のリブニの日本訪問に話しを移しましょう。

 今回のリブニの日本訪問ですが、日本の外務省のプレスリリース(1月9日)によれば「外務省の招待」によってセッティングされたものということです。また、事後に発表された「リブニ・イスラエル筆頭副首相兼外務大臣の来日(概要と評価)」(外務省ホームページ、07年1月22日。以下「概要と評価」)では、「昨年7月の日イスラエル首脳会談のフォローアップ」という表現がなされています。そこでまずは、この小泉前首相のイスラエル訪問を参照することから、分析を始めてみたいと思います。

 私たちは先日発表した「アピール」のなかで、この小泉の訪問で打ち上げられた「平和と繁栄の回廊」構想の問題性について強調したわけですが、それが今回のリブニ来日のなかでどう具体化されたのかについては、こうして新聞報道を追うというレベルの作業のなかでは直接的には計り知ることができません。

 ただ、「小泉総理のイスラエル、パレスチナ自治区及びヨルダン訪問(概要と成果)」という文書(外務省ホームページ、06年7月15日)では、「今後早期に、日本・イスラエル・パレスチナ・ヨルダン4者の協議体を立ち上げ、本件構想を具体化」とあり、この「協議体」なるものをどのように形成していくのか、ということが次の課題になるのだと思います。そこで今回の「概要と評価」に目をやると、「中東和平の一方の当事者であるイスラエルと、中東情勢について協議を行い、特に「平和と繁栄の回廊」構想の推進について、協力して取り組んで行くことを確認することができた」となっており、小泉イスラエル訪問時の表現より具体性が弱まった印象を受けます。はたしてトーンダウンなのでしょうか。

 そこでもう一度「小泉総理の−」に目を戻すと、「2.成果」の「(2)二国間関係の強化と協力の拡大」という項が目に入ります。ここで「二国」として、先の「4者の協議体」に出てくる三カ国の名、イスラエル・パレスチナ・ヨルダンが上がっているわけですが、その特徴はやはりイスラエルに対する記述の濃厚さです。

 「イイスラエル オルメルト首相への訪日招請を先方受諾。今後政治、経済、文化を含む幅広い分野での二国間関係強化を確認。具体的には、外務次官級協議新設による政策対話の強化、両国間ビジネス・フォーラムの開催やビジネス・ミッションの派遣等につき合意を見た」

 残る二国に関しては援助・供与の記述があるのみで、この文書を通して抽象的に「関係強化」は語られているものの、イスラエルとのような具体的なプロセスについての記述はありません。その一方で、イスラエルに関しては「イスラエルとの二国間関係強化を通じ、中東和平問題における我が国の発言力拡大」という表現もでてきます。

 これらのことを考え合わせるに、「平和と繁栄の回廊」構想に向けた「4者」の枠組みの形成において、「パートナー」として意識的にチャンネルが強化されていくのは、イスラエルのみである、ということが言えるのではないでしょうか。

 そしてこの側面について今回のリブニの来日では、小泉イスラエル訪問時の課題が、「日・イスラエル間でパレスチナ和平問題や経済連携強化策で定期的に協議するため、次官級による戦略対話の枠組み設置で合意し、覚書に署名した」(『産経新聞』、1月17日)、「安倍晋三首相は(……)オルメルト首相の早期訪日を招請、リブニ外相は中東情勢次第で今春にも訪日を実現させたい意向を明らかにした」(『毎日新聞』、1月18日)という形で、着実に昇華されていった、と見ることができます。

 さらに「平和と繁栄の回廊」構想に関連した要素として、リブニは緒方貞子・国際協力機構(JICA)理事長との会見を持った、ということが挙げられます。これに関してもその詳細を伺い知ることができないわけですが、イスラエルのメディアでは「リブニは日本の国際協力機構の代表とも会見し、両者は同機構がパレスチナ人支援のためにラーマッラーとエリコの2ヶ所の現地事務所を開設することに合意した」(Ynet news.com[イスラエル]、1月17日。原文は英文)という報道がなされています。JICAホームページによれば、パレスチナに関して同機構は、テルアビブ事務所(日本人スタッフ7人・現地スタッフ3人)が、ガザ事務所(現地スタッフ3人)、およびラーマッラー、エリコの2ヶ所の「連絡事務所」(現地スタッフ各1名)を統括する、という機構にすでになっているようです。そうすると前掲報道は、この連絡事務所が「しかるべき機能強化」のために、スタッフの増員など事務所として格上げされる、という風に見るべきでしょうか。

 経済面での交流強化については、韓国の項であがったような具体性のあるプロジェクト等はあがっていないようですが、ビジネス・ミッションの派遣を今年前半中におこなう旨、麻生外相が発言しています(「概要と評価」)。また、リブニの日本訪問に先立って、パレスチナ自治政府の領域を除き、イスラエルの全域に対し日本人観光客に対する渡航注意勧告のレベルを「1(十分注意)」に引き下げたとのことです(Ynet news.com、1月17日。今回の引き下げはエルサレム・死海エリアに関して)。また、事前のイスラエル外務省のプレスリリースでは、その他の議題として「東京・テルアビブ間の直行商用飛行ルートの創設」が挙げられていますが、「概要と評価」および日本の各メディアの報道にも、それに対する言及はありません。

「宇宙開発」の協力?

 やや羅列的になってしまいましたが、最後にイスラエルからのキナ臭い提案について紹介し、本稿を締めたいと思います。

 各メディアや両国のプレスリリースにも具体的な中身についての言及はないのですが、イスラエル側から「宇宙開発の分野」での協力の提案がなされたということです。一体何なのでしょうか。

 これに関しても想像の域をでないわけですが、リブニが今回の東アジア歴訪で盛んに強調してきた、北朝鮮とイランのリンケージの下の核拡散という論議と、イスラエルの持つ「宇宙技術」とを重ねて考えるに、これは「ミサイル防衛」に関する提案と見て良いのではないでしょうか。

 日本でも現在「ミサイル防衛」システムの整備として、能力向上パトリオット3型(PAC-3)というものの配備が推進されていますが、これは大気圏外を飛翔してきた弾道ミサイルが大気圏に再突入する段階で、弾頭を直接に迎撃するというもので、射程距離の短いPAC-3においては、迎撃に成功したとしても放射性物質をふくむ弾頭の残がいなどが飛散しかねないという問題が指摘されています。

 これに対して、大気圏外での迎撃を企図した、戦域高高度地域防衛(THAAD)という、より長射程のシステムの開発がなされており、その代表的なものがイスラエルのアロー兵器システムだということです。

 「THAADシステムの任務は、短距離から中距離の弾道ミサイルに対する、長距離からの高高度における防衛である。THAADは、米国および同盟諸国の軍隊、広く分散された資産、および人口集中地域を、ミサイル攻撃から保護する。現在、アロー兵器システム(AWS)(米国が支援するイスラエルの開発計画)が、イスラエルに、短・中距離の弾道ミサイルに対する防衛能力を提供している。」(デービッド・マーチン〈米国ミサイル防衛庁戦略関係担当副長官〉「弾道ミサイル防衛」駐日アメリカ大使館ウェブサイトより)

 このTHAADに準ずるものとして、片や日本ではスタンダード・ミサイル3(SM3)というものを日米の共同技術研究によって開発、配備しようとしています(『讀売新聞』、06年10月24日)。

 イスラエルの提案は、(共通の支援者である米国の了承のもとに?)それらを重ねあわせようというものなのでしょうか。とすれば、中東・北東アジアでそれぞれアメリカの地域覇権の「尖兵」として擡頭してきたイスラエルと日本が、北朝鮮とイランのリンケージによる短距離・中距離の弾道ミサイルの飛来の可能性という「共通の脅威」をテコにして、その役割の共通性を認め合って骨絡みの同盟関係へと進むという道筋も考えられるわけで、この動きも充分に注視して行く必要があるのではないでしょうか。

  [文・Ich/2007年2月10日]


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